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恥ずかしい

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戦前生まれの爺にとって臍を出したり、太もも丸出しの短いスカートをはいている女性には目のやり場に困る。

管見によれば羞恥心を何処かに置き忘れているのではないかと思う。

朝鮮人強制連行について、広辞苑第4版には次のように載っている。
「日中戦争・太平洋戦争期に百万人を超える朝鮮人を、内地、樺太(サハリン)、沖縄などに強制的に連行し、労務者や軍夫などとして強制就労させたこと。女性の一部は日本軍の従軍慰安婦とされた」

北朝鮮では沢山の子供が餓死しているらしいが、経済制裁を止めて飽食日本からどんどんお米を送ってやってやれば、沢山の子供の命が救えるのではないかと愚考する次第。

恥ずかしながらこれ「真夏の夜の夢?!」


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忘却

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昨日の昼食、夕食のおかずを何を食べたか思い出せない

しかし、どうしても忘れてはいけないことがある
廣島・長崎に原爆を落とされて何十万人の人々、数え切れないほどの生き物が殺されたこと
沖縄では軍名により集団自殺を余儀なくされた人々
拉致され従軍慰安婦として働かされた人々
Etc.

覚えていてもらっては都合の悪い人たちは、マスメディアを総動員して忘れさせようと躍起になっている

どうしても忘れられないこと
小学校一年生のときの担任の こずゑ先生
病気で学校を休んたとき我家まで見舞いに来てくれたあの優しい美しかった先生の名前

ズッキーニの話

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ズッキーニの栄養
カロリーが低く、ダイエットにはオススメの食材。
油で炒めることで、ズッキーニに多く含まれるカロチンの吸収率をUPさせ、体の免疫を強化し、風邪の予防や粘膜の保護に効果がある。
また、ビタミンBが血液の循環をよくし、体に溜まった余分な水分を排泄してくれるので、むくみ解消や血行促進によって美肌効果を発揮します。

ズッキーニの食べ方
歯ごたえが茄子に似ており、油と相性のよい食材です。油で炒めたり揚げたりすることで、香が出て美味しくなります。
煮込み料理にする場合でも、先に軽く油で炒めてから煮込むよいそうです。

秘訣

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長生きの秘訣

ギネス社から男性の世界最高齢者と認定された宮崎県都城市の田鍋友時さん(111)が

「お酒を飲まないことが一番の元気の秘訣です」と、長生きの心掛けを披露されたとか。

昔から「酒は百厄の長」と言われていたから尤もな話である。

お酒を止めて長生きするぞ!

当てにする

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蔓あり隠元豆を蒔きました。

玉蜀黍のそばに蒔いて蔓が伸びたら玉蜀黍に巻きついてもらう作戦です。

赤ちゃんポストに子供が預けられているそうです。

誰かが育ててくれるのを当てにしているのでしょう?

隠元豆を収穫するときは拙者が種を蒔いたんだぞと言って食べることが出来ます。

しかし赤ちゃんポストに預けた子供が大きくなって、俺が種を蒔いたんだぞと言って会うことができるかどうか

子供が会ってくれるかどうか

それが問題です。

すもも

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すももの美味しい食べ方

樹の上で完熟したものが、
落ちてきたものを、
虫が食べる前に食べることです。

まだ熟していないのを無理して引っ張ってちぎってから
食べるとあまり美味しくありません。

無理をしないことです。
じっと待つことです。

これに似たことが他にもありそうです。

ユーモア

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上智大学名誉教授のアルフォンス・デーケン神父は申されました。

「ユーモアとは、にもかかわらず笑うこと」

それにしても、社会保険庁の年金掛け金の収納事務処理・その後の統合処理の杜撰なこと。

私には「にもかかわらず笑う」ことは出来ません。

ユーモアがまだ判っていないみたいです。 私は。


写経

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信心のための写経のすすめ  松原哲明

 写経には、外に救いを求めて書く「信仰」の写経と、自分の本当の心に近づき、その心を清らかにしようという「信心」の写経とがあります。

 特に私ども臨済宗では、後者の「信心」を大事に考えています。私たち人間の心は煩悩という厚い壁で覆われているため、自分でも本心は一体どういうものなのかよくわかっていない。そこで一度、この厚い壁(煩悩)を取り除いてみよう。これが「信心」の写経なのです。

 そのためにはどうしたらよいか。まずお経と一つになることです。例えば、ここに山があるとします。その山を見ているうちは、私は山に対して立っているので対立しています。でも私が山の中に入ってしまったらどうでしょう。山と自分が一つになり、対立はなくなります。写経も同じです。お経の中に心が溶け込んでいくような気持ちで写すと、お経とひとつになれるのです。そのためには無心になって文字を書いていく。「無」の心になるのは、そう難しいことではありません。猫になれといったら「ニャン」ですね、犬になれといったら「ワン」です。「無」になれだったら「ムー」でいいのです。背筋を伸ばして、おなかの底から「ムー」。これが無の心境です。

 ですから「信仰」の写経では、使う道具や環境が大変重要になってきますが、「信心」の写経の場合は、自分と向き合うことが目的ですから、気負わずに自然体で臨めばいいと私は思います。

 あれこれ考えずにまずは気楽にやってみることです。自分の心を整え、字を整えてみる。いつの間にか時間を忘れ、自分とお経がひとつになっている。そんな体験をつかの間でもできたら、それこそが「信心」の写経なのです。

<或る雑誌の中に松原哲明さんの記事が載っていましたので紹介します。
小生は昨年十月から写経を始めました。
まだまだ自分とお経が一つになるような、無心の境地にはなれません。
しかし、この頃は写経をしないと何か忘れたような物足りないような気分になっています。
何時まで続くかわかりませんが続けられるだけやってみようと思っています。>

プロフィール

やまちゃん

Author:やまちゃん
老境、清々なり、なにごともそこそこに、ほどほどに。

老人のしぐさはできるだけ、はしたなくしないで、見た目が美しく、老木に花が咲くような趣になることである。
初心を忘れざること。
(花伝書より)

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