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雨にも負けず

murasaki2.jpg

雨にも負けず
風にも負けず

ぼちぼちながら畑仕事ができるからだがあり

トイレに歩いていける足がまだ丈夫である

西に石楠花が、芝桜が咲いたと聞けば写しに行き
東に蓮の花が咲いたと聞けば写しに行く

南で同窓会、北にクラス会があればのこのこと出かけて行く
北に孫の運動会があると聞けばカメラを持って奔って行く

一日玄米一合、野菜と煮干が大好きである

樹の上で完熟した果物が大好きである

もう直ぐ、無花果とスモモが熟れるだろう
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あいさつ



おはよう (生きています ありがたいことです)
いただきます (生きています ありがたいことです)
ごちそうさま (生きています ありがたいことです)
ただいま (生きています ありがたいことです)
おかえり (生きています ありがたいことです)
ごめんなさい (生きています ありがたいことです)

祖先の民族



民族を大きく二つに分けると
狩猟型民族と農耕型民族に分けられるらしい。

自分は海運会社に就職して4年で転職陸上勤務となった。

その後同じ職場に35年、馬鹿の一つ覚えの仕事をしてきた。
やっぱり農耕型民族に分類されると思う。

同じように中途採用で同じ職場に就職された方で、あちらこちらの職場を転勤されて栄進し退職後は最後の砦に落ち着かれた。
この方々は狩猟型民族に分類されると思う。

自分は農耕型民族に似合うかのように、家庭菜園家庭果樹園を趣味としている。
そしてそれが愉しいのである。

狩猟型民族の趣味は魚釣り、ゴルフ、旅行、水泳、パチンコ、ハイキング、ドライブ,etc。

さて貴方は?


共存共栄

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昆虫、動物、植物、微生物、すべてが一体となって地球上の生命は保たれている。
人間だけがこの地球上の主ではない。

畑に葉を食べに来て飛んで帰る虫も、収穫にやってきて家に持ち帰って食べる人間も、自然という大きな目で見れば全く同じことをやっていることに気が付く。

3分の一は虫さんに食べてもらい、3分の一を人間が食べて、残りを土に返す。
これで共存共栄である。

地球上では気に食わんといって爆弾を落として人を殺している人が居るが、もっと仲良く出来ないものなのだろうか。

自動車やテレビを作る文明は進んでいるけれど、人間が人間を殺さなくて済む様な文化が進んでもらいたいものだ。

無花果

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昨年9月の台風で風と塩害で我家の無花果は葉っぱが枯れて落ちてしまいました。

その後秋口になって新しい葉っぱが出てきて冬になってもなかなか枯れて落ちなかった。

剪定の時期を見失ってとうとう剪定をしなかったら、春になって新しい葉っぱを出すと同時に枝の先に夏果を着けているのに気が付いた。

今までは毎年冬に剪定していたので夏果を見ることもなく夏果がなることもめったに無かった。

新しい発見と今年は夏果が食べられるとの2重の喜びである。

クラス会

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安芸の宮島でのクラス会に参加して来ました。
毎年参加していますが、懐かしさと楽しさは他の何物にも変えがたく思います。

皆さんがそれぞれ貴重な経験をされていてその話を聴くだけで、よし自分も明日から元気を出して長生きするぞとの意欲が湧いてきます。

今でも現役でバリバリ仕事をして、時にはインドまで飛んで行っている人
現役を引退後でも世界中を飛び回っている人、
公民館館長をされて地域の子供たちをお年寄りが力をあわせて守っている運動に尽力されている人
少年自然の家で子供たちに自然の素晴らしさ、そして古きよき日本の伝統を子供たちに指導されている人
古希になってもピアノの個人レッスンを受けて舞台に立ち演奏している人
四国88ケ所をもう2回も回り今は3回目を回っているという人

みんなすごい人たちばかりだ。

小生も裏の畑で立派な胡瓜や茄子を作ってがんばろう。
蜜柑やスモモも作るぞ。

始末

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始末のいい人       金田一秀穂

関西で「始末のいい人」という言い方があるそうである。古くは江戸時代の近松や西鶴などにある褒め言葉である。

質素である。倹約家である。しかしケチではない。出すべきときはちゃんと出す。必要とあれば、ポンと大枚をはたく。しかし、お金を借りるようなことはしない。月々のものを溜めない。給食費などはちゃんと納める。しかし、無駄なお金を使わない。贅沢をしない。見栄を張らない。

真面目だけれど、陽気である。賢いけれどでしゃばらない。しっかり者で堅実。けじめをつけならが、恥ずかしくない日々の生活を送っていく人である。

それにしても、始末のいい人というのは美しい。


自分のことを考えると「始末に終えない」男であると痛感する。



人生

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二度とない人生だから    坂村真民

二度とない人生だから
一輪の花にも
無限の愛を
そそいでゆこう
一羽の鳥の声にも
無心の耳を
かたむけてゆこう

二度とない人生だから
つゆくさのつゆにも
めぐりあいのふしぎを思い
足をとどめてみつめてゆこう

作者は云われる
人生は一度ぎりだという考え方は、人間を二つに分ける

一つは人を好い方に向け、一つは人を悪い方に向ける

どうせこの世は一回ぎりだ、太く短く面白くぱっとゆこうと言う者は、後者の人間となり、この世は二度とないのだから、生きられるだけ生きて、生まれてきた意義を見出し、世のため人のため何かをしてゆこう、という人は前者の人となる。

庭には芍薬が今年も美しい花を咲かせてくれた。 
ありがとう


粗相

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1つのエピソードを紹介します。

英国のエリザベス女王がある発展途上国の国王を招いて晩餐会を開催したときのことです。

卓上にフィンガーボウルが用意されていました。料理によっては指で割いたり、つまんで食べることがあり、これはそのときの手の汚れを洗うための水が入った容器ですが、国王はそれを飲み物と間違えて飲んでしまったのです。

その場に居合わせた人々は「発展途上国の方だからマナーを知らない」と思ったことでしょう。
するとエリザベス女王もさっと自分のフィンガーボウルの水を飲まれたというのです。

それで国王は恥をかかずにすみました。

女王の行いはまさに「客の粗相は亭主の粗相」という、思いやりに溢れたものでした。

三文の得

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昔の人は云いました。
早起きは三文の得と。

朝早く起きて家の前を掃除をしていると500円を見つけました。交番に届けようかどうしようかと考えましたが、1万円以下なので懐に入れることにしました。

それにしても煙草の吸殻を拙宅の前に捨てる人が多いです。

煙草を良く吸う人で身体を壊して煙草を止めた人がいます。

煙草を良く吸う人で奥さんが身体を壊しても煙草を止めない人もいます。

昔のコマーシャルに
「今日も健康 煙草がうまい」というのがありました。

お医者さんは煙草が身体に悪いと判っていても積極的に煙草を止めさせるお医者さんはあまり居りません。

煙草を止めて病人が居なくなると儲からないからではないかと愚考しております。

その地域の住民が病気にならないように予防に力を入れてもらって、病人が居なくなったら国からドカーンと沢山報奨金を出すようにしてもらえたら、みんな幸せになるのと違うやろか
プロフィール

やまちゃん

Author:やまちゃん
老境、清々なり、なにごともそこそこに、ほどほどに。

老人のしぐさはできるだけ、はしたなくしないで、見た目が美しく、老木に花が咲くような趣になることである。
初心を忘れざること。
(花伝書より)

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